イタリア旅行その10

6月4日(ローマから帰国)
さて、トランクの重さをチェックして、手荷物とトランクに入れるものと分けて、大わらわ。結局、空港で測ったら、18kg。当てにならないホテルの体重計にしてやられてしまった。ベネチィアからバスで、マルコポーロ空港へ、国内便でローマへ。最後のイタリアの景色を楽しみながらレオナルドダヴィンチ空港へ。こうして上空から見ているとイタリアって農業国なんだな・・というのが実感。今回は、北イタリアの村々を回ってますます農業国であることを確信しました。食料自給率40%の日本からすると、(食いしん坊の私としては)とてもうらやましい。イタリアの文化と人にふれた楽しい旅でした。そして、またまた、エンターテインメント機器の不具合が直っていないアリタリア航空で成田へ、さようならイタリア。

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イタリア旅行その9

6月3日(ベネチィア)
やはり、水の都、なんとなく湿気が漂う感じです。ホテルも古そうですが、なかなか快適。

Italy94Italy92Italy93  朝は早めに出発、添乗員のMさんの配慮のおかげで、ドゥカーレ宮殿もスムーズに入 れて、観光客も比較的少なく、ゆっくり見学できました。ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿はサン・マルコ広場にあり、共和国の総督邸兼政庁だった建造物。中には裁判所などもあります。ため息橋もわたりました。(ため息橋からの眺めは囚人が投獄される前に見るヴェネツィアの最後の景色であった。ため息橋という名前は、独房に入れられる前に窓の外からヴェネツィアの美しい景色を見られるのは最後であるというので囚人がため息をつくというところから、19世紀にジョージ・バイロンが名づけたものである・・・そうです) Italy95 Italy993 Italy996 Italy995 ドゥカーレ宮殿の隣のサンマルコ寺院の中はさすがに混んでいて、押し出されそうな状態で見学。サンマルコ寺院の建物は、1090年代に建設され、聖堂は十字形平面で、中央部に円蓋を持つ典型的なクロス・ドーム形式で、その意味では由緒正しいビザンティン建築だそうです。装飾がきれいで、天井をみとれては、足元がおろそかになったり。その後、ベネチアングラスの工房へ行き、吹きガラスの作業を見学。きれいなビーズを購入。自由行動で、あちこちの小道を散策。昼食は、小道の奥のお店で、ビールを飲みながら、海の幸に舌鼓。案の定、買い物ツアーになっていましたが。ユーロが高いので、自粛自粛!とはいえ、自分のほしいものは、しっかり手に入れてきました。水上バスでの移動や狭い道を迷いながらあるくのが、ベネチィアの楽しみかただそうです。ホテルの近くをうろうろしていて文房具屋さんを見つけました。昔よく使ったことのあるベネチィアグラスのガラスペンを購入。とてもきれいで、もったいないので、飾っておくことにしました。文房具屋さんは、いろいろ楽しいものがあっておもしろい。夕方、サンマルコ広場にいくと、あちこちから海水が上がってきて水溜りができていました。ここは、沈み行く水の都・・を実感。明日は帰国。楽しい時間はあっという間に終わってしまう。

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イタリア旅行その8

6月2日(ミラノからユーロスターでベネチィアへ)

午後は、市内観光後、いよいよ期待のベネチィアへ。ユーロスターのセカンドクラスで列車の旅です。駅には、日本のようなプラットフォームはなく、列車の位置が高く、トランクを積み込むのが大変、Sさんのご主人に感謝(こういうときは、やはり男の人の力がいりますね)。ミラノ中央駅から乗りこみ、ベローナ(ロミオとジュリエットで有名)を経て、ベネチィア・サンタルチア駅まで、2時間半、車窓の景色を楽しみました。ベネチィアの市街が海の向こうに見えてきたときは感激。沈まないうちに来られてよかった!サンタルチア駅からは、ゴンドラや1階部分が水に浸かった家々を眺めながら、水上タクシーでホテルへ。夕食はイカ墨のスパゲティ。物価が高いのにびっくり。

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イタリア旅行その7

6月2日(ミラノからベネチィアへ)
共和国記念日で、休日。ミラノ市内観光。昔の洗濯場の後や、ドゥオーモの建設資材を運んだ運河の残っている街へ。水場に並んだ石の洗濯板のあたりからは、にぎやかな井戸端会議のおしゃべりが聞こえてきそうな雰囲気でした。運河の運行は、舟を両岸から馬でひっぱったそうで、岸の石の手すりには、こすれた後が残っていました。重い舟をひっぱる馬も大変ですが、ロープがこすれて石がすり減ってしまうのもすごい。運河近くのカフェの中庭は、つるをうまくベランダに絡ませたり、植木鉢の配置もうまく、さすがイタリア!と。帰ったら我が家の庭の手入れもしなくては・・・・と思ったしだいです。

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イタリア旅行その6

6月1日(ミラノへ)

そして、ミラノへ。ちょうどイタリア共和国記念日にあたり、鼓笛隊の行進などに出会い、ドゥオーモ広場は大賑わいでした。ミラノのドゥオーモは世界最大のゴシック建築。ドゥオーモの屋根に上って、林立する尖塔の間から、ミラノの街を眺めて、感激。夕食は、イケ面のいるレストランで大いに飲み食いしました。夕刻、ドゥオーモ広場で、ANDREA BOCELLIのコンサートのリハーサルがあったのですが、残念ながら、聴かずに帰ってきてしまいました。

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イタリア旅行その5

6月1日(トリノからスーザ渓谷を通ってミラノへ)
南アルプスの山々が屹立するスーザ渓谷を望む修道院サクラ・ディ・サン・ミケーレへ行きました。こんな岩山によくぞ作ったと思わせる修道院。トリノの西へ40キロほど行ったところにあるサン・ミケーレ僧院はベネディクト派の総本山として13世紀には100人以上の修道僧が住んでいたそうです。バスを降りて、しばし山道を歩きましたが、道すがら、やはり、野の花がきれいでした。写真を撮っていたら、一緒になったご婦人が花を持ってくれました。教会内部は、聖堂、修道士のお墓など、石の階段の連続、一番上の階からは、渓谷の町が望まれ、高さにびっくり。昼食のレストランの駐車場で、たわわに実ったさくらんぼをみんなで取って食べました。おいしかった!この日は今回のたびでご一緒したTさんのお誕生日、おいしいケーキをいただいてお祝いしました。

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イタリア旅行その4

5月30日(トリノ 1日目)
昨日、クールマイユールからトリノに移動中、大雨でアオスタ渓谷の川は、茶色の濁流。トリノに着いたら、大変なことになっていました。豪雨でまさにポー川は溢れんばかり、川岸にあるカフェは水没。見物客がいっぱい。日本でも報道されているかも?と話しながら、バスの窓から乗り出して見てしまいました。

Italy46Italy44  なんとかお天気は持ち直して、トリノ観光に。ピエモンテ州の州都。1536年から1562年にかけてフランスに占領された後、サヴォイア家に帰属し、1720年より1861年までサルデーニャ王国の首都。リソルジメント(イタリア統一)後は1861年より1865年までイタリア王国の首都。2006年冬季オリンピックが開催された町。王宮、サン・カルロ広場、双子の教会。広場の周りはアーケードがあって、泊まったホテルへもアーケードをたどっていくことができました。マダマ宮殿、聖骸布教会、エジプト博物館、・・・などなど。たくさんの観光名所があります。エジプト博物館では、若き日のラムセル二世に会えて、2000年に行ったエジプト旅行を思い出して感激。自由時間があったので、買い物、食事、観光と大いに楽しみました。市内観光でのガイドについた通訳の方が不慣れだったのがいまいちでしたが、相変わらず、勝手行動の私としては、なんのその、同室の友人と朝早くから、歩き回り、トリノは大きな町という印象でした。夕食は、お惣菜やさんで仕入れたイタリアの家庭の味を堪能。Choco昼食は、重厚な昔のままの室内装飾のレストラItaly482ンで。 そこで買ったチョコレートはおいしかった。たしか、トリノはカフェの発祥地だとか? (←散歩の途中で見つけた庭のさくらんぼ)


Italy483Italy47そんなこんなで、写真を撮るのも忘れて買い物やら何やら、帰国してから整理するとトリノの写真が少ない。トリノは大きな町でした。

5月31日(トリノ2日目)
さて、今回の旅のテーマでもある北イタリアの美しい田園風景を楽しみに。そしておいしいワインも楽しみ。
お天気は回復して暑いくらい。
Italy48_4 荒川静香が金メダルを取ったアイスアリーナの前を通って、バローロ村、バルバレスコ村、モッラ村などビアモンテ州の村々をめぐりました。小さなお城を囲んだ村々が点在していて、家々の窓辺には、鮮やかな花がたくさん咲いていました。バローロはおいしいヘーゼルナッツの産地でもあり、空港で没収されたスプレッドは、ここで買ったものです。小さなお店でしたが、楽しいものがいっぱいありました。ワインの里・バルバレスコ村では、ワインのテイスティング(マスカットのスパークリングワインは本当においしかった)とおいしい昼食をいただき満足でした。買ってきたワインはとてもおいしく、あっという間に空けてしまいました。

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Italy58_5Italy59Italy52_2 Italy53_2Italy54 ↑村の家々のかわいいポスト、
←お店の窓辺に飾ってあった一人用のワイン絞り 、

Italy55_2 Italy56  バローロのワイン工場を案内してくださった男性はイケメンでした。このお城で昼食。とてもおいしかった(とくにサフランで色づけされたリゾットが)

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イタリア旅行その3

5月29日(クールマイユール→トリノ)
昨晩、着いたホテルは家族で経営しているとても素敵なプチホテル。部屋の様子も、エントランス、食堂の飾りつけもかわいい。昔のスキー、日用品などがセンスよく飾られていました。まわりは、まさにアルプスのリゾート地といった風景。夕食は、近くのレストランで。レストランに行く途中でみつけたお店では、カフェカーテンを買いました。

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ホテルの窓から見える空き地にレースフラワーがたくさん咲いていました。


29日は朝から雨。おいしい朝食を食べて、アルプス最高峰のモンブランへ。天候が悪いので、氷河越えのロープウェイに乗るのは断念。モンブラントンネルをバスで抜けて、シャモニーへ。(いままで海外旅行で雨に降られたことはなかったのですが、今回はいつもと違っていました。それは次のトリノで。)
シャモニーからケーブルカーでモンブラン山頂のエギーユ・デュ・ミディ(標高3842m)へ。まさに、冬。展望台は氷に覆われていました。お天気が悪いので山頂は雲の中でしたが、氷河(ボッソン氷河)に感激。氷河の氷は青く見えます。一気に山頂近くまでつれていかれたおかげで、少々頭がふらふらして高山病気味。 Italy40_3Italy41Italy422_2 Italy42_2




     シャモニーで昼食。パスタがおいしかった。ソーセージやさんのウィンドウを除くと山積みのソーセージ。大雨でシャモニーの市街を流れているアルブ川は、茶色の濁流。渓谷をぬけて、一路、トリノへ。バスで移動中、山間の村々は霧でけむっていました。(パルマ広場にある銅像の手前がモンブラン発登頂の25歳のパルマ。指差す先がモンブランの山頂)Italy424Italy43Italy423 Italy425

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イタリア旅行その2

5月28日(ブレイユ・チェルヴィニア→アオスタ→クールマイユール)
マッターホルンを見てクールマイユールへ。マジョーレ湖を右に左に見ながら、バスは、山間の小さな村ブレイユ・チェルヴィニアへ。マッターホルンは、イタリア側でチェルヴィーノ(CHERVINO)、スイス側ではマッターホーン(Matterhorn:標高4478m)と呼ばれています。とんがり帽子の様な山はイタリア側ではちょっとだけなだらかに見えるそうですが、残念ながら、曇りでマッターホルンの頂上は拝めませんでした。歩き回ってやっと見つけたブルー湖は、お天気がよければさかさマッターホルンが湖面に移るそうですが、これもあまり見えず。でもブルー湖のまわりでたくさんの花々に出会えました。

Italy12Italy11Italy15←左からブルー湖、マッターホルン、氷河

ブルー湖の周りに咲いていた花々↓

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Flower7_2Italy14スキーシーズンが終わって、夏のシーズンまでのしずかな村で、昼食。おいしくて珍しい郷土料理をたくさんいただきました。そこのお店の自家製のグラッパをすてきなグラスでご馳走になり、親切な女主人に感謝。

山間の村々を抜けて、古代ローマ遺跡の宝庫のアオスタの街へ。
アルプスのこんな山の中をローマ軍が通ったという話にびっくり。
州都でもあり、紀元前にローマ帝国によって建設された歴史ある町。あちこちにローマの遺跡があり、遺跡をそのまま、住宅やお店に組み込んでしまったところもあります。メインストリートには、お店がたくさんあり、あちこち覗いて買い物。私が必ず入るのは雑貨や、道具や、食料品やなど。ここでは、天日干し乾燥ポルチーニ茸、いろんな色の混じったパスタ、木工品、面白い釘を3本などを買ってきました。

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Kugi←買ってきた釘、頭をつぶしただけのものですが、形が気に入ったので。



そして着いたのが、クールマイユールのすてきなプチホテル

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イタリア旅行その1

5月26日 成田出発
久々の海外旅行。それも初めてのイタリア。前回のトルコは、東西の分岐点、シルクロードがまっすぐに伸びていることに感動した旅でしたが、
今回は、北イタリアを中心にトリノ、ミラノ、ヴェネチアの全工程11日間の旅。沈まないうちにヴェネチアを見ておきたいというのもあり、初夏のイタリアは、さまざまな花も咲いていて、楽しい旅でした。
アリタリア787便、座席の前に設置されたエンタテイメントシステムは故障で使えない!最初は、ゲームなどできたのですが、隣の席の方の画面には、なにも出ない。メンテナンスの悪さに、この飛行機大丈夫かしら?とちょっと不安もありましたが、無事、マルペンサ空港に到着、そこからバスでマジョーレ湖畔の町ストレーザへ。夕食は、ホテルのカフェでピザとビール。
ホテルの目の前が、マジョーレ湖。

5月27日
今日は、マジョーレ湖に浮かぶ島々の観光と、夜は、レオナルドダビンチ作の最後の晩餐を鑑賞のため、バスでミラノへ往復。
朝食後、ストレーザの町を散策、いつも旅での楽しみは朝の散策。特に海外旅行では、初めて訪れた街の地図を頭に入れるには、あまり人のいない間に散歩するのが一番いい方法だと思います。

マジョーレ湖畔の町ストレーザ: 朝 焼けのマジョー レ湖 と街の様子

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Italy4←面白いかたちのモンキーツリー

朝食後、イソラ・ベッラ島のボロメオ家の宮殿の観光、観光客がたくさんいましたが、贅を尽くした宮殿とよく手入れされた庭園を観てまわりました。真っ白な孔雀が羽を広げて歓迎してくれましたが、実はこれは私たちを威嚇していたようです。昼食は、ペスカトーレ島へ渡って魚料理。小さな島なので、細い小道が入り組んでいますが、窓の飾りのかわいいお店などあり、楽しい散歩でした。

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夕方、ミラノへ。世界遺産・『最後の晩餐』を観るのは、今回のたびの楽しみの一つ。夕方、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院へ。教会は第二次世界大戦中に連合軍の空襲を受け、大きな被害を受けましたが、『最後の晩餐』の前には土嚢が積み上げてあったため、かろうじて被害を免れ、本当にこの部分だけ残ったということでした。奇跡!と感激。がらんとした聖堂(ここは修道院の食堂だったそうです)のなかに、この絵だけがあります。色はきれいに修復されていましたが、入場制限もあり、厳重な管理のもとで、やっと出会えました。もちろん、写真は取れません。絵葉書を買おうとしたら、残念ながら売り切れ。日本のように何でもかんでも売らんかな・・・とたくさん用意していないんですね。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会:Italy10 Bansan_2

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イタリア旅行の行程

北イタリアの華麗な街と美しい自然を訪ねて・・という題名の旅の行程

今回の旅は、北イタリア : 赤丸のところを訪ねました。

Italy_map_3 ミラノ→ストレーザ→ブレイユ・チェルヴィニア→アオスタ→クールマイユール→モンブラン→シャモニー→トリノ→ミラノ→バローロ→ベネチア→ローマから帰国
11日という日程は、長いような短いような、最初の4,5日は、まだまだという気分なのに、半分の日程を過ぎるとあっという間に終わってしまいました。



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イタリア旅行

北イタリアのたび

仕事の合間をぬって(?)北イタリア(トリノ、ミラノ、ヴェネチア)に行ってきました。
昨日、帰国。450枚の写真を撮ってきたので、整理するのに、どれだけの時間がかかるか心配?
とりあえず、お土産を全部出してみました。食べること大好きな私のお土産は、食材が80%、他は、アクセサリー、文房具、夫のネクタイなどなど。トランクの重さを気にしすぎて、手荷物に入れておいたヘーゼルナッツのスプレッドは、瓶詰め220gのため、ローマの空港で没収されて、ゴミ箱行き。封を切ってもいないのに残念。スプレッドもやはり液体だそうで、100CC以下でないと機内へは持ち込めません。ちなみに、あんなに気にして調整したトランクの重さは、17.5Kg なんということ!ホテルのあやふやな体重計に惑わされて大損しました。ホテルで測ったときは21Kgもあったのです。
でも、もしかしたら、増えたと思ったわたしの体重は、そんなに増えていないかも?まあ、そんなことは問題外、やはり、イタリアで大いに食べた分は、きっと増えているはず!帰国後の課題はダイエットですね。

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左は、クールマイユールの素敵な雑貨屋さんで買ったカフェカーテン、
右は、いっぱいの食材:パスタ、ドライトマト、香辛料、ヘーゼルナッツなど。

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お盆休みに

Kamakura1鎌倉は夏がいいと思っています。海の方は海水浴の人々でにぎわっていますが、我が家は山の方なので、静かです。青い空に緑の山を眺めつつ、「暑い!」の一言。西側に山を背負っているので、午後1時を過ぎると日が陰って、涼しくなります。西日が当たらないだけましですが・・・家事を一仕事終わるとシャワーを浴び、・・を繰り返す夏休みの1日です。

Takiya4Takiya1Takiya2Takiya5Takiya6        旧盆の13日、長岡市越路町にお墓参りに行きました。今回の中越沖地震では、あまり被害は無かったようです。浄土真宗の菩提寺の本堂の修復や庫裏の再建築も終わっていて、お寺もお盆とあって、にぎわっていました。菩提寺は、800年ほど前に建立された寺で、前回の中越地震のとき、新幹線が脱線した場所のすぐそばにあり、本堂は柱がずれる程度で済みましたが、庫裏は全壊でした。滝谷山・了明寺の名の元になった裏山の滝も元通り流れ落ちていて、鯉のいた池も瓦礫が除かれ、水を湛えていました。本堂の彫刻は、傷みもなく健在でした。
昨年、来たときは、小学校の庭に仮設住宅がたくさんあったのですが、それも取り払われており、町の中は、新築の家が多く、復興が進んだことが伺えます。柏崎とは30kmくらいしか離れていない場所なので、今回の中越沖地震でも結構揺れたそうです。小千谷市の一部では、前回の地震で壊れて修復した壁が今回も崩れてしまった家もあるそうで、天災はこわいですね。

ここで、浄土真宗の教えについて、聞きかじったことを少々・・・

浄土真宗では、疑うことなく「南無阿弥陀佛」を唱えればよいというのが教えのようです。信者は、他宗から「門徒もの知らず」といわれて、礼儀作法をしらないと揶揄されていたようですが、これは、教義の問題というよりは、葬送儀礼や仏事作法など習俗に関わる場面で、地域社会との交流のなかで生まれる言葉であり、習俗に従わないことを他宗の信者より指摘された時など、あえて対立するよりは「門徒物知らずですから」と自ら認めて習俗とは距離を置く場合も見られるということだそうです。
また、墓石の下の甕の中に骨壷に入れずに、みな一緒にお墓へ納骨します。聞きかじりの知識ですが、倶会一処(くえいっしょ)といって、「阿弥陀仏の極楽浄土に往生したものは、浄土の仏・菩薩たちと一処で出会うことができる、」という意味だそうで、この教えに基づいて、納骨も1つの甕に入れるというしきたりになったということです。お墓の土地を手に入れることが難しい世の中になってきましたから、合理的かもしれませんね。また、百科事典によると・・浄土真宗においては、「死者の祟り」という概念は無い。これは、この世で死者となった瞬間に仏として極楽浄土に生まれる(往生即成仏)とされているため、霊魂として現世でさまよう様なことはないと考えるためである。・・・そうです。
親鸞は、合理的な考えの持ち主だったのかもしれません。

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お水取り(2007.3.14)

初めて、お水取りに行きました。

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まず、女人高野・室生寺に。修復なった五重塔を拝観。国宝の金堂、重文の阿弥陀堂など、苔むした山奥の伽藍を回りました。3月とはいえ、結構寒かった気がします。門前では、「陀羅尼輔」を売っている店が並び、1袋買って来ました。腹痛には良さそうな気がします。主原料は、「キハダ(黄柏)」の皮。万病に効くということですが、薬事法により、胃腸専門薬となったそうです。

Nara9Nara10 そして、夕方、奈良に戻り、いよいよ、お水取り。6時ごろ二月堂に行ったときには、すでにたくさんの人が集まっていました。3月14日は、最終日、お松明がつぎつぎに練行衆の尻を焦がすほど接近して上堂するということで、「尻焦がし」とも言われているそうです。二月堂の回廊に十本の松明が並んで、火の粉を降り落として圧巻でした。二月堂の前にある杉の木が邪魔で見えないと思っていたら、この杉の木は、東大寺の開祖良弁にまつわる大事な木だそうです。翌日、なにかいいことがありますようにと松明の燃えかすを拾いにいきました。

Nara4_2Nara17Nara11   さて、その日の宿は、菊水楼!お食事も、設えも結構なものでした。お水取りにつかわれた椿「糊こぼし」が飾ってあり、料理長のパフォーマンスもあって、お水取りの宵にふさわしく、華やいだ夕食になりました。このお水取りに使われる「糊こぼし」は、紙で作られており、糊をこぼしたような模様なのでこのように呼ばれているようです。この椿は、東大寺開山堂の基壇のそばに植えられています。お水取りの時期には、咲いていないので、練行衆が造花を作るそうです。

菊水楼は、明治23年創業の料理旅館、館内は趣のあるつくりで、あちこち散策して回りました。ふすまの取っ手が襖絵とあわせてあり、とてもモダンな感じです。

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Nara18_2ご接待してくださった仲居さんは、美人で、なかなかの方でした。

Nara19 法隆寺によって帰路に着きました。何年かぶりに法隆寺に行きましたが、やはり、法隆寺は別格と感慨深く五重塔を見上げました。

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ローカル線の旅その2(2007.2.25)

Katuura3Katuura1Katuura5 Katuura2 Katuura4   廃線になりそうだというので、銚子鉄道に乗りに行きました。そして、勝浦の江戸時代から続いている旅館「松の家」に泊まる予定だったのですが、この週、勝浦はひな祭り一色、宿は別のところにして、昼食を「松の家」さんでいただくことにしました。勝浦のひな祭りがこんなにすごいとは知らずに計画。行ってみてびっくり。町の至るところにお雛様が飾ってあります。八百屋さん、遠見岬神社の境内の60段の石段(1200体も!)、お寺、住宅の玄関などなど、メイン会場の市民会館には、1万体以上のお雛様が飾られています。

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Choshi6Choshi7 Choshi8_3   翌日いよいよ銚子鉄道に乗って、外川まで。地球の丸く見える展望台は、風が強く、まさに銚子にきたな・・・という感じ。銚子鉄道の起死回生をねらった「濡れせんべい」を食べつつ、電車に揺られて、銚子に戻って、創業385年のヒゲタ醤油(業務用はほとんどヒゲタだそうです)の工場を見学。お土産にお醤油をもらって帰ってきました。工場見学もなかなか面白く、説明の映画を見るために、最初に案内された講堂は、かなりレトロな感じでした。

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ローカル線の旅その1(2006.11.23)

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なぜかいい町一泊旅行(池内紀著)を友人から借りて読んだのですが、この本に出てくる町で、4箇所(斜里、金山、登米、三春)行ったことのある町がありました。大多喜が5箇所目。
ローカル線に乗るのがすきな仲間と行ってみようということになって、はじめた旅です。

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千葉県の五井駅から、小湊鉄道、夷隅鉄道と乗り継いで、大多喜にある100年続いている旅館「大屋旅館」に泊まるのが、今回の旅。

Ootaki8 Ootaki9 大多喜は、お城のある町で、初代城主は本田忠勝。
城址内には、復元?された天守閣(博物館になっている。本当は天守閣は無かったらしいのですが)、千葉県立大多喜高校があります。高校の敷地内には、日本一の大井戸(周囲10m、深さ20m、今でも水を湛えている)、薬医門などがあります。ちょうど、部活中の生徒に道を尋ねたら、挨拶もすがすがしく、まだ、日本の高校生も捨てたもんではないな・・・と安心しました。
Ootaki7Ootaki6市内には、国の重要文化財・渡辺家や、古い家並みが残っており、なかなか風情のある町で散策を楽しみました。この日の宿の大屋旅館は、母、娘さんの2人で切り盛りしていて、泊り客が少なかったせいか、6人で3部屋、使わせてもらいました。テレビドラマの「砂の器」のロケに使われたり、時代劇などにも使われるようで、古い部屋を見せていただいたのですが、床がぎしぎし音を立てて大丈夫かな?とちょっと心配でした。帰りは、佐原に寄り道したのですが、夕暮れになってしまい、うなぎは食べ損ないました。佐原はまた、ゆっくり行ってみたいと思っています。

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山北の桜

御殿場線の山北は、鉄道の町。SL(D52)の展示もあり、線路の両側がりっぱな桜並木です。今、満開です。今年の桜はここまで。

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初詣

初詣は、毎年、近くの鎌倉宮(大塔の宮)に行きます。除夜の鐘を聴きながらと行きたいところですが、私の住んでいる地域では、あまり聞こえません。(鎌倉で一番古いお寺「杉本寺」、竹寺で有名な「報国寺」などあちこちのお寺で除夜の鐘をついているはずですが)
鎌倉宮では、笹についた獅子頭を買って1年玄関に飾っています。(お守りは買うというのかな?)daotounomiyakazari







初詣その2は、群馬県赤城山の赤城神社。1月2日に行ったのですが、参拝客が行列していました。
帰りに、伊香保温泉に寄り、温泉に入って温まって帰ってきました。(母が群馬に住んでいるので、お正月の親孝行のつもりで、100km、車を走らせてきました)
穏やかなお正月を過ごすことができました。akagizinzyaakagikomainuikaho

伊香保温泉街の石段: 雪が残っていて、凍っており、一番上の露天風呂へは行けませんでした。

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街道を行く・・・はどこへ

東海道、日光街道と完歩して、今度はどこへとお仲間と考えていて、やはり、中山道かな・・ということで、始めたところです(第1回が軽井沢宿)。 横浜西区を歩く、川越街道を歩く、また、JR東日本1日乗り放題のお正月・元旦フリー切符を使って、鎌倉から新潟、酒田、秋田、盛岡と東北一周日帰りの旅などなど・・・を織り交ぜながら、東海道に足掛け3年、日光街道は1年半かかりました。
 司馬遼太郎の「街道を行く」の近江の章を読むと関が原から大津にかけての街道も面白そうですし、木曽路・奈良井宿などはよく保存されていますし、いつになったら、また京都三条大橋にタッチできるかわかりませんが、ぼつぼつと歩いていけたらと思っています。
 友人から借りた「私の見た中山道」という本は、出張や法事などの用事ごとに、日程に余裕を持たせて中山道を14年かけて歩いた方の記録です。ネットで検索すると街道を歩いている人は、大勢いて、みなさん、ちゃんと記録をつけているのに感心します。写真もメモも、作った俳句?もあるのですが、そのうちと思いつつなかなかまとまらない。せっかく、ブログを始めたのだから、今度はまとまるかな?

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エジプトの砂で作った砂時計

sunatokei 7年ほど前に行ったエジプトから持ち帰った砂漠の砂を入れて作った砂時計(30分計)です。ずっと作ってくれる所はないかと探していたのですが、友人が見つけてくれたのが、金子實さんです。
同じ速度で砂が落ちるようにするためには、砂の粒を揃えないといけないそうで、多めの分量の砂が必要だということでした。欲張りな私はビニール袋にたくさん詰めてもって帰ってきたのが功を奏して写真のような砂時計ができあがったわけです。吹きガラスなので厚みのある重厚な感じです。

東京都葛飾区在住の金子さん(金子硝子工芸)の紹介:

日本で唯ひとりの砂時計職人。昔ながらの吹きガラスの工法で砂時計を作る。
砂鉄を使った砂時計の時間的誤差は1分間に1秒。
吹きガラスで作る精密で美しい流線形の砂時計は世界的にも類を見ない。

◇JR大阪駅には1時間計、仙台には80日間砂時計 などがあります。
◇島根県邇摩郡仁摩町(鳴り砂の琴が浜がある)には、1年間流れつづける砂時計があるそうです。

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