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大人の時間は、長い

JRのポスターに「大人の時間は長い」というキャッチフレーズが書いてあり、ふと、考えました。一般的に成人となるのは、20歳、今年9月末、92歳で亡くなった義母は72年間、大人でいたわけです。20歳で嫁いで、73歳で夫を亡くし、その後1人暮らし20年、大往生といえばそれまでですが、大人でいる時間て長いんだ・・・と実感した次第です。特にこの時代の方々は、私の実家の母(90歳1人暮らし)も含めて関東大震災、戦争と生き抜いてきたわけですから、長く、苦しい大人の時間があったのかもしれません。長生きして、楽しい時間を謳歌するのは、当然だと思います。しかし、私のような、かろうじて戦後世代は、大人になったときには、すでに穏やかな時代で、楽しい老後をなんていうより早く遊びほうけているわけです。
JRのポスターは大人の休日クラブのものですが、まだまだ、先がありそうな62歳の私は、仕事は当分続けるとして、旅もしたい、おいしいものも食べたいと、この先、長い大人の時間をどう使って楽しく生きようかと(贅沢なことですが)思案中です。

義母が亡くなったので(大往生でした)、新年は、喪中ですが、喪中のお正月の過ごし方なるものを考えてみました。ネットで調べてみると、諸説いろいろ。実家の宗旨である浄土真宗は、即成仏なので、喪中という考えはなしでよいということですし、他の宗旨でも、49日を過ぎると忌があけるので、それ以後は、喪中と考えなくてもよいということでした。ただし、一応、おめでたいことは控えたほうがよいということで、新年のご挨拶は欠礼するなど(年賀状は出さないなど)、気持ち次第ということだそうです。お正月の御節は、それぞれの家庭のしきたりに応じてということです。天皇家と違って、下々はあまり、硬く考えなくてもよいということだと思います。我が家では、これを口実にといっては、罰が当たるかもしれませんが、御節はちょっと手抜きでいくことにしました。92歳で天治を全うした義母に感謝です。

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りす騒動顛末記

鎌倉では、台湾リス、アライグマ、狸、鷺、青鷺など、動物が出没します。台湾リス、アライグマなど外来種もいて結構被害があります。我が家でも、庭にアライグマが来たことがあります。飼っている犬の餌が目当てのようですが、犬とアライグマ、狸は、同じ種族なので、病気など共有します。伝染病などをもっている動物が接触する可能性もあり、飼い犬には、8種混合なる予防注射を接種しています。

今回は、台湾リスが家に中に入り込んで大騒ぎになりました。3階の娘の部屋に、3匹の親子が入り込んだのです。本来、リスは家の中に住みつくようなことはないそうなのですが、どうも前から出入りしていたようなのです。天井の梁に飾ってある写真や、置物などが、ときどき、落ちているのです。なにかいるな・・・という感じだったのですが、夜は静かです。ねずみなら、夜動き回るのですが、夜は音がしません。鎌倉市のみどり課に電話して、駆除方法を教えてもらいました。まず、バルサンなど、煙の出るものを焚いて燻し出す。窓にリスの好きな柑橘類を置いておびき出す・・・など。

まず。
部屋を閉めてバルサンを焚きました。煙にいぶされて1匹出てきました。窓を開けてなんとか、追い出しましたが、まだ、物音がします。もう1匹いたのです。今度はさっきのより、大きい。棒で脅して、これも追い出しました。やれ一安心。もう入ってこないように窓は閉めて気をつけていたのですが、その晩、また、3階で物音がします。もう1匹いたのです。
こいつは、頭がよさそう。人の足音がすると、なりを潜めているらしく物音ひとつしません。

それではと、ねずみ取りを仕掛けることにしました。ねずみと同じようにミント系の臭いが嫌いだということがわかったので、ねずみ用のミントのにおいのする駆除剤を買ってきて他の部屋に行かないように3階のあちこちに置きました。そして、8箇所ほど、ネズミ捕り(最近テレビで宣伝しているネズミほいほいや、接着剤のついたネズミ捕り)を仕掛けたら、ついにかかったのです。接着剤の付いた板に貼り付いたのです。主人が、その板で挟んで3階の窓から、庭にほおりだし、箱をかぶせて、1晩そのままにしていたのですが、朝、箱の中でがたがたやっています。殺生をするのはいやなので、近くの空き地に持っていって箱のふたを開けたとたん、接着剤から外れていたようで、すごいスピードで、逃げていきました。親子3匹の台湾リスだったようです。それからは、裏庭でリスの鳴き声がしなくなりました。(リスの鳴き声は、「カタカタ・・」というような声です。または、なんとも恐ろしげなモンスターのような声もだします)

だれかが、飼っていて放したものでしょうが、最近では増えてしまって、ベランダの手すりをかじって壊してしまったり被害も多く困ったものです。ちなみに、台湾リスは、ねずみ色で尻尾だけがふさふさしたネズミそのものです。

ウィキペディアフリー百科事典による:
日本への帰化
1935年に伊豆大島の公園から逃げ出したのを皮切りに、神奈川県南東部、静岡県熱川市・浜松市(浜松城)、岐阜県岐阜市(金華山)、大阪府大阪市(大阪城)、和歌山県和歌山市(友が島・和歌山城)、長崎県など日本各地に観光用として放され、広く帰化している。

神奈川県の江ノ島では、1951年に伊豆大島から連れてきた54匹のタイワンリスを江ノ島植物園で飼育した。しかし、台風で飼育小屋が壊れたことで逃げだし、弁天橋を渡って鎌倉市内に入り込んで繁殖するようになったと言われている。また、鎌倉市内の個体については、別荘地で飼われていた個体が逃げ出し野生化したとする説もある。

帰化に伴う問題
1980年代になり、個体数が増えて分布が拡大したことで在来種であるニホンリスと競合し、ニホンリスの地域的な絶滅要因になる可能性が懸念されている。餌の少ない冬場などは人家近くに現れることも多い。主に木の実を食べる。ツバキの蕾や収穫前の果実を食べることや、樹木の樹皮をはがして食べることがあり、食害が問題になっている地域もある。また地域によっては、電線や電話線をかじる、雨戸などの家屋をかじるといった被害も出ている。2005年に外来生物法による特定外来生物に指定された。

Taiwanrisu

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中仙道その10(2007.11.3)

下諏訪から岡谷まで歩きました。下諏訪は、甲州街道と中山道の合流点。春宮では、ちょうどお祭りと七五三でにぎわっていました。おこわ、お饅頭など手作りの品や収穫した野菜を売っている屋台なども出ていて、楽しい旅でした。1本100円の大根がとてもおいしそうでした。七味ではなく、八味唐辛子を買いました。山椒の香りがとてもよかった。歩いていると、ちょうど干し柿にする渋柿の取り入れの時期のようで、あちこちのお宅で息子さんが手伝って取り入れているのが、暖かな土地柄を思わせました。途中、樹齢60年のりんごの木のある農家(こんな街中にリンゴ園?)を発見。おいしそうなりんごが納屋に積んであり、持って帰れるのはたいへんなので、送ってもらうことにしました。その後、岡谷付近で、しま瓜の粕漬けを製造販売しているお店をみつけ、ここでも、注文して送ってもらうことに。岡谷の街では、センスのよいブティックをのぞいたり、今回の街道を行く・・は、いつもと雰囲気の違うのんびり旅になりました。

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岡谷には、武井武雄の絵本美術館「イルフ童画館」があります。街の雰囲気も童画館のイメージに沿ったレイアウトで、岡谷はなかなかよい街でした。イルフ童画館で展示をゆっくり鑑賞して帰路に着きました。

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中仙道その9(2007.8.27~28)

今回は、いよいよ碓氷峠越えです。横川の標高が400m、碓氷峠頂上熊野神社の標高が1200m、標高差800m、60歳を越えつつある私たちには結構プレッシャー!我が家の次女をサポートに加えて今回は5人で、行きました。
出発を朝早い時間にするために、前日から、軽井沢に行くことにしました。そこで、富岡製糸工場に寄り道しました。高崎から、上信電鉄で、上州富岡駅下車。2両編成のカラフルな電車でした。(ローカル線の旅もあり)。製糸工場といえば、女工哀史という言葉が浮かんでくるのですが、イメージとは違って女性のための教育施設など整った工場でした。風格あるレンガつくりの建物は、世界遺産登録申請中。木の骨組みにフランス積みでレンガを積むという和洋折衷の工法で作られたそうです。先人の技術力に関心しきり。070827001

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モダンな避雷針070827005_2 070827006

さて、翌日、いよいよ碓氷峠越え。越えるとはいえ、せっかく軽井沢に宿泊したということもあって、横川まで下ることにしました。熊野神社までは、標高差300mの登り。つるやの前を通って、山道を登りました。
かなりの山道で、草を掻き分けて歩くようなところもあり、人が歩かなくなると道は消えていくものだということを実感。年に一度?安中からの侍マラソンというのがあるそうで、案内標識が道しるべとなり助かりました。途中、リゾート開発の残骸のような廃屋(別荘なのか、ペンションなのか)朽ちたバスや、車が捨ててあり、なんとも気味悪い感じの場所が数箇所ありました。中山道は、明治までは、まだ、生きていた街道で途中の刎石茶屋跡には4軒の茶屋があり、小学校もあったそうで、人の往来が多かったことを物語っています。今年は、地球温暖化の影響か、山ヒルが大発生。峠を降りて、バス停で一息。靴の紐を緩めたら、足首にヒルがついていて大騒ぎ!さされていました。ヒルは、血を吸うために、血液が止まらなくする液を出すそうで、なかなか血が止まらず、傷口が消えるのに1ヶ月もかかりました。

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碓氷峠の旧鉄道トンネルを覗いて、坂本宿へ。宿場の町並みが残っています。関所跡の前を通って横川へ。暑い夏の峠越えは、結構大変でした。

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