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フェルマーの最終定理

フェルマーの最終定理

なるべく座れる時間を選んで電車に乗り、通勤の往復2時間は、読書に使っています。とはいうものの、30分くらいで眠くなってしまうのですが、
文庫本は、電車の中で読むには最適です。「フェルマーの最終定理」が文庫になりました。Teiri_3

300年も証明されずに、懸賞までかけられていた問題。(ちなみに懸賞金は今のお金で5万ドル相当)懸賞金の期限は、2007年9月13日。
過去40年間のこの定理にかかわる出来事を年代別に、ピタゴラス教団の話、ガウス、ユークリッド、ガロアの群論、などなど、数学の歴史を紐解きながら、証明が完結するにいたる経緯が書かれています。

フェルマーは、「私はこの命題の真に驚くべき証明を発見した」と書いており、紙のスペースが足りない・・と述べているのですが、彼が本当に証明できたかどうかは不明。この本では、たぶん証明は間違っていたのではいないだろうかという意見です。

1993年に、イギリス人アンドリュー・ワイルズ(アメリカ・プリンストン大学教授)によって証明が発表されたが、問題点がみつかり、再度、その欠陥が埋められて、徹底的な吟味がなされて、1995年5月に、ついにフェルマーの最終定理が証明された。そして、2年間の検証を経て1997年に公式に認められて、アンドリュー・ワイルズは懸賞金を手にした。
この定理の証明には、日本人の数学者の理論(谷山・志村予想)も含まれています。
数学には、特許がないので数学者はお互いに情報交換、意見交換が頻繁に行われるということです。(近年ソフトウエアのテクニック、手法などの特許はありますが)
数学者たちの「解」「証明」「理論」・・・を求めてやまない精神のいったんを垣間見た気がします。
内容は結構難しく、卒業するときに、全部学校に数学を置き忘れてきましたので、理解できない部分も多々ありますが、でも、とても面白かった。

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かもめ食堂

川崎・チネチッタのレイトショーで「かもめ食堂」を観ました。よかった!なんというかスローな展開が観ていて気持ちがいい。フィンランド・ヘルシンキでオールロケで製作され、ロケに使われたレストランは、実際に営業していて、いまでも「かもめ食堂」の名前が入り口に貼ってあるそうです。厨房で使われている食器や調理器具がシンプルで(たぶんイケアのもの?)、店全体が清潔で、いい感じでした。映画の中で作られていたお料理のレシピもパンフレットに載っていました。シナモンロールを作ってみようと思っています。川崎は終わってしまいましたが、地域によってはこれからのところもあります。お勧めです。
公式サイトは、http://www.kamome-movie.com/

Kamome1_1 Kamome_1  

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無患樹のはなし

5月の中仙道を歩いたときに、昼食のため、立ち寄った鴻巣の多聞寺の庭に樹齢200年の無患樹がありました。実は、葡萄のような房になって高い枝に下がっていました。
多聞寺の木は、見上げるような大木でした。ちょっと調べてみました。

◇無患子・無患樹・木患子、子が患うことの無い樹の意味です。
学名のSapindus:ムクロジ科は「インドの石鹸」の意味で、ムクロジの果皮に約10%の化学物質サポニンが含まれ水に溶けると泡立ちがよい。
平安の昔は当時としては灯明の煤でも汚れもよく洗い落とすところから、石鹸として洗濯や洗髪に用いられて、平安時代の公家屋敷には多く植えられていたようです。

◇無患樹の句
(沖 ななも)人間(ひと)ならば無愛想なる姿にて樹齢二百年の無患樹 
(斎藤 茂吉)無患樹の黒き木の実を外隠しに幾つか入れてわれ去らむとす

無患樹の実をあけてみると黒い種があり、まさに羽根つきの羽根の根元に使われているあの実です。Mukurozi2 Mukurozi4 Mukurozi5

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中仙道その4

ちょっと古い先月の連休の話です。
5月3日、今回は、桶川から鴻巣まで10kmくらい歩きました。
桶川宿: 中仙道6番目の宿場。紅花の名産地であり、農産物の集散地としても栄えた。古い家並みや本陣跡、宿場の木戸などが残っている
多聞寺で昼食。ここには、樹齢200年の無患樹(むくろじ)がある。この木の実は、皮の部分は石鹸として使える。これを使って手を洗ってみると泡が出て、洗った後、手がすべすべになった。中の種は、羽根つきの羽根の根元に使われているあの黒い実でした。

鴻巣宿: 人形の町。雛人形、五月人形のお店が軒を連ねている。

お天気もよく、歩くにはとてもよい日でした。

Okegawa1Okegawa3 Okegawa4Okegawa5
古い民家の中、太い柱と階段箪笥が黒光りしていました。

本陣跡 Okegawa7  Okegawa8 Kido                     宿場の木戸跡 Tamonji   多聞寺




無患樹の石碑        鴻巣の入り口 MikuroziOkegawa10

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庭の紫陽花

我が家の庭の紫陽花は、八部咲き。今日は雨にぬれて色がさえています。夕方なので、ちょっと暗い写真ですが。
紫陽花の名所は、鎌倉でも数々ありますが。この時期は結構混みます。
北鎌倉の明月院、極楽寺の成就院、名越の曼荼羅堂(ここは廃寺になってしまったようですが?)など、谷戸の奥のお寺には、必ずと言っていいほど植えられています。
鎌倉の地形は、海を背景に手のひらを開いたようになっています。中指にあたる部分が、鶴岡八幡宮でしょうか。その谷戸の奥には、必ずお寺があったそうで、今、市内に200近くあるそうです。しかし、近年、廃寺になるところが多く、黒地蔵のある覚園寺も引き継ぐ御住職がいなくなって、別のお寺(十二所の明王院)の管理になっています。
我が家のある西御門の谷戸の奥にもいくつか、お寺があったそうですが、今は、跡形もなく、空き地になっています。
とりあえず、地図は手に入れたので、街道を歩く合間に、鎌倉お寺めぐりをしようと計画中です。

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6月の庭

京鹿の子と八重のどくだみ、姫緋扇が咲きました。姫緋扇は、花びらの根元に口紅をつけたように赤い色がついています。一雨ごとに雑草が伸びて、休日には、草むしりに追われる季節になりました。(左から京鹿の子、八重のどくだみ、姫緋扇の赤と白)

KyokanokoDokudamiHimehiougi1 Hiomehiougi2

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ミシンの復活

ミシンがきれいになりました。
60年以上使われてきたミシンを友人からいただいたのは以前、書きましたが、
クロアチアの職人さんに傷んでいたテーブル部分を直してもらい、生き返りました。
全部きれいにすると結構な金額になるので、とにかく使えるようにしてくださいと頼み、彼のおかげで古いミシンは、老体に鞭打って働いてくれそうです。

直してくれた職人のアントンさんは、日本人の奥さんとお嬢さんと一緒にカナダへ行ってしまいました。日本では、古い家具を修理して使おうという人が少なく、仕事がない・・・といって嘆いていました。

直す前Misin1_1Misin2_2 (ミシン本体が落ちてしまいそうでした)







修理後Misin3_1 (ふたもきれいになりました)Misin4_1

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