イタリア旅行その10

6月4日(ローマから帰国)
さて、トランクの重さをチェックして、手荷物とトランクに入れるものと分けて、大わらわ。結局、空港で測ったら、18kg。当てにならないホテルの体重計にしてやられてしまった。ベネチィアからバスで、マルコポーロ空港へ、国内便でローマへ。最後のイタリアの景色を楽しみながらレオナルドダヴィンチ空港へ。こうして上空から見ているとイタリアって農業国なんだな・・というのが実感。今回は、北イタリアの村々を回ってますます農業国であることを確信しました。食料自給率40%の日本からすると、(食いしん坊の私としては)とてもうらやましい。イタリアの文化と人にふれた楽しい旅でした。そして、またまた、エンターテインメント機器の不具合が直っていないアリタリア航空で成田へ、さようならイタリア。

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イタリア旅行その9

6月3日(ベネチィア)
やはり、水の都、なんとなく湿気が漂う感じです。ホテルも古そうですが、なかなか快適。

Italy94Italy92Italy93  朝は早めに出発、添乗員のMさんの配慮のおかげで、ドゥカーレ宮殿もスムーズに入 れて、観光客も比較的少なく、ゆっくり見学できました。ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿はサン・マルコ広場にあり、共和国の総督邸兼政庁だった建造物。中には裁判所などもあります。ため息橋もわたりました。(ため息橋からの眺めは囚人が投獄される前に見るヴェネツィアの最後の景色であった。ため息橋という名前は、独房に入れられる前に窓の外からヴェネツィアの美しい景色を見られるのは最後であるというので囚人がため息をつくというところから、19世紀にジョージ・バイロンが名づけたものである・・・そうです) Italy95 Italy993 Italy996 Italy995 ドゥカーレ宮殿の隣のサンマルコ寺院の中はさすがに混んでいて、押し出されそうな状態で見学。サンマルコ寺院の建物は、1090年代に建設され、聖堂は十字形平面で、中央部に円蓋を持つ典型的なクロス・ドーム形式で、その意味では由緒正しいビザンティン建築だそうです。装飾がきれいで、天井をみとれては、足元がおろそかになったり。その後、ベネチアングラスの工房へ行き、吹きガラスの作業を見学。きれいなビーズを購入。自由行動で、あちこちの小道を散策。昼食は、小道の奥のお店で、ビールを飲みながら、海の幸に舌鼓。案の定、買い物ツアーになっていましたが。ユーロが高いので、自粛自粛!とはいえ、自分のほしいものは、しっかり手に入れてきました。水上バスでの移動や狭い道を迷いながらあるくのが、ベネチィアの楽しみかただそうです。ホテルの近くをうろうろしていて文房具屋さんを見つけました。昔よく使ったことのあるベネチィアグラスのガラスペンを購入。とてもきれいで、もったいないので、飾っておくことにしました。文房具屋さんは、いろいろ楽しいものがあっておもしろい。夕方、サンマルコ広場にいくと、あちこちから海水が上がってきて水溜りができていました。ここは、沈み行く水の都・・を実感。明日は帰国。楽しい時間はあっという間に終わってしまう。

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イタリア旅行その8

6月2日(ミラノからユーロスターでベネチィアへ)

午後は、市内観光後、いよいよ期待のベネチィアへ。ユーロスターのセカンドクラスで列車の旅です。駅には、日本のようなプラットフォームはなく、列車の位置が高く、トランクを積み込むのが大変、Sさんのご主人に感謝(こういうときは、やはり男の人の力がいりますね)。ミラノ中央駅から乗りこみ、ベローナ(ロミオとジュリエットで有名)を経て、ベネチィア・サンタルチア駅まで、2時間半、車窓の景色を楽しみました。ベネチィアの市街が海の向こうに見えてきたときは感激。沈まないうちに来られてよかった!サンタルチア駅からは、ゴンドラや1階部分が水に浸かった家々を眺めながら、水上タクシーでホテルへ。夕食はイカ墨のスパゲティ。物価が高いのにびっくり。

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イタリア旅行その7

6月2日(ミラノからベネチィアへ)
共和国記念日で、休日。ミラノ市内観光。昔の洗濯場の後や、ドゥオーモの建設資材を運んだ運河の残っている街へ。水場に並んだ石の洗濯板のあたりからは、にぎやかな井戸端会議のおしゃべりが聞こえてきそうな雰囲気でした。運河の運行は、舟を両岸から馬でひっぱったそうで、岸の石の手すりには、こすれた後が残っていました。重い舟をひっぱる馬も大変ですが、ロープがこすれて石がすり減ってしまうのもすごい。運河近くのカフェの中庭は、つるをうまくベランダに絡ませたり、植木鉢の配置もうまく、さすがイタリア!と。帰ったら我が家の庭の手入れもしなくては・・・・と思ったしだいです。

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イタリア旅行その6

6月1日(ミラノへ)

そして、ミラノへ。ちょうどイタリア共和国記念日にあたり、鼓笛隊の行進などに出会い、ドゥオーモ広場は大賑わいでした。ミラノのドゥオーモは世界最大のゴシック建築。ドゥオーモの屋根に上って、林立する尖塔の間から、ミラノの街を眺めて、感激。夕食は、イケ面のいるレストランで大いに飲み食いしました。夕刻、ドゥオーモ広場で、ANDREA BOCELLIのコンサートのリハーサルがあったのですが、残念ながら、聴かずに帰ってきてしまいました。

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イタリア旅行その5

6月1日(トリノからスーザ渓谷を通ってミラノへ)
南アルプスの山々が屹立するスーザ渓谷を望む修道院サクラ・ディ・サン・ミケーレへ行きました。こんな岩山によくぞ作ったと思わせる修道院。トリノの西へ40キロほど行ったところにあるサン・ミケーレ僧院はベネディクト派の総本山として13世紀には100人以上の修道僧が住んでいたそうです。バスを降りて、しばし山道を歩きましたが、道すがら、やはり、野の花がきれいでした。写真を撮っていたら、一緒になったご婦人が花を持ってくれました。教会内部は、聖堂、修道士のお墓など、石の階段の連続、一番上の階からは、渓谷の町が望まれ、高さにびっくり。昼食のレストランの駐車場で、たわわに実ったさくらんぼをみんなで取って食べました。おいしかった!この日は今回のたびでご一緒したTさんのお誕生日、おいしいケーキをいただいてお祝いしました。

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イタリア旅行その4

5月30日(トリノ 1日目)
昨日、クールマイユールからトリノに移動中、大雨でアオスタ渓谷の川は、茶色の濁流。トリノに着いたら、大変なことになっていました。豪雨でまさにポー川は溢れんばかり、川岸にあるカフェは水没。見物客がいっぱい。日本でも報道されているかも?と話しながら、バスの窓から乗り出して見てしまいました。

Italy46Italy44  なんとかお天気は持ち直して、トリノ観光に。ピエモンテ州の州都。1536年から1562年にかけてフランスに占領された後、サヴォイア家に帰属し、1720年より1861年までサルデーニャ王国の首都。リソルジメント(イタリア統一)後は1861年より1865年までイタリア王国の首都。2006年冬季オリンピックが開催された町。王宮、サン・カルロ広場、双子の教会。広場の周りはアーケードがあって、泊まったホテルへもアーケードをたどっていくことができました。マダマ宮殿、聖骸布教会、エジプト博物館、・・・などなど。たくさんの観光名所があります。エジプト博物館では、若き日のラムセル二世に会えて、2000年に行ったエジプト旅行を思い出して感激。自由時間があったので、買い物、食事、観光と大いに楽しみました。市内観光でのガイドについた通訳の方が不慣れだったのがいまいちでしたが、相変わらず、勝手行動の私としては、なんのその、同室の友人と朝早くから、歩き回り、トリノは大きな町という印象でした。夕食は、お惣菜やさんで仕入れたイタリアの家庭の味を堪能。Choco昼食は、重厚な昔のままの室内装飾のレストラItaly482ンで。 そこで買ったチョコレートはおいしかった。たしか、トリノはカフェの発祥地だとか? (←散歩の途中で見つけた庭のさくらんぼ)


Italy483Italy47そんなこんなで、写真を撮るのも忘れて買い物やら何やら、帰国してから整理するとトリノの写真が少ない。トリノは大きな町でした。

5月31日(トリノ2日目)
さて、今回の旅のテーマでもある北イタリアの美しい田園風景を楽しみに。そしておいしいワインも楽しみ。
お天気は回復して暑いくらい。
Italy48_4 荒川静香が金メダルを取ったアイスアリーナの前を通って、バローロ村、バルバレスコ村、モッラ村などビアモンテ州の村々をめぐりました。小さなお城を囲んだ村々が点在していて、家々の窓辺には、鮮やかな花がたくさん咲いていました。バローロはおいしいヘーゼルナッツの産地でもあり、空港で没収されたスプレッドは、ここで買ったものです。小さなお店でしたが、楽しいものがいっぱいありました。ワインの里・バルバレスコ村では、ワインのテイスティング(マスカットのスパークリングワインは本当においしかった)とおいしい昼食をいただき満足でした。買ってきたワインはとてもおいしく、あっという間に空けてしまいました。荒川静香が金メダルを取ったアイスアリーナの前を通って、バローロ村、バルバレスコ村、モッラ村などビアモンテ州の村々をめぐりました。小さなお城を囲んだ村々が点在していて、家々の窓辺には、鮮やかな花がたくさん咲いていました。バローロはおいしいヘーゼルナッツの産地でもあり、空港で没収されたスプレッドは、ここで買ったものです。小さなお店でしたが、楽しいものがいっぱいありました。ワインの里・バルバレスコ村では、ワインのテイスティング(マスカットのスパークリングワインは本当においしかった)とおいしい昼食をいただき満足でした。買ってきたワインはとてもおいしく、あっという間に空けてしまいました。

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Italy58_5Italy59Italy52_2 Italy53_2Italy54 ↑村の家々のかわいいポスト、
←お店の窓辺に飾ってあった一人用のワイン絞り 、

Italy55_2 Italy56  バローロのワイン工場を案内してくださった男性はイケメンでした。このお城で昼食。とてもおいしかった(とくにサフランで色づけされたリゾットが)

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イタリア旅行その3

5月29日(クールマイユール→トリノ)
昨晩、着いたホテルは家族で経営しているとても素敵なプチホテル。部屋の様子も、エントランス、食堂の飾りつけもかわいい。昔のスキー、日用品などがセンスよく飾られていました。まわりは、まさにアルプスのリゾート地といった風景。夕食は、近くのレストランで。レストランに行く途中でみつけたお店では、カフェカーテンを買いました。

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ホテルの窓から見える空き地にレースフラワーがたくさん咲いていました。


29日は朝から雨。おいしい朝食を食べて、アルプス最高峰のモンブランへ。天候が悪いので、氷河越えのロープウェイに乗るのは断念。モンブラントンネルをバスで抜けて、シャモニーへ。(いままで海外旅行で雨に降られたことはなかったのですが、今回はいつもと違っていました。それは次のトリノで。)
シャモニーからケーブルカーでモンブラン山頂のエギーユ・デュ・ミディ(標高3842m)へ。まさに、冬。展望台は氷に覆われていました。お天気が悪いので山頂は雲の中でしたが、氷河(ボッソン氷河)に感激。氷河の氷は青く見えます。一気に山頂近くまでつれていかれたおかげで、少々頭がふらふらして高山病気味。 Italy40_3Italy41Italy422_2 Italy42_2




     シャモニーで昼食。パスタがおいしかった。ソーセージやさんのウィンドウを除くと山積みのソーセージ。大雨でシャモニーの市街を流れているアルブ川は、茶色の濁流。渓谷をぬけて、一路、トリノへ。バスで移動中、山間の村々は霧でけむっていました。(パルマ広場にある銅像の手前がモンブラン発登頂の25歳のパルマ。指差す先がモンブランの山頂)Italy424Italy43Italy423 Italy425

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イタリア旅行その2

5月28日(ブレイユ・チェルヴィニア→アオスタ→クールマイユール)
マッターホルンを見てクールマイユールへ。マジョーレ湖を右に左に見ながら、バスは、山間の小さな村ブレイユ・チェルヴィニアへ。マッターホルンは、イタリア側でチェルヴィーノ(CHERVINO)、スイス側ではマッターホーン(Matterhorn:標高4478m)と呼ばれています。とんがり帽子の様な山はイタリア側ではちょっとだけなだらかに見えるそうですが、残念ながら、曇りでマッターホルンの頂上は拝めませんでした。歩き回ってやっと見つけたブルー湖は、お天気がよければさかさマッターホルンが湖面に移るそうですが、これもあまり見えず。でもブルー湖のまわりでたくさんの花々に出会えました。

Italy12Italy11Italy15←左からブルー湖、マッターホルン、氷河

ブルー湖の周りに咲いていた花々↓

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Flower7_2Italy14スキーシーズンが終わって、夏のシーズンまでのしずかな村で、昼食。おいしくて珍しい郷土料理をたくさんいただきました。そこのお店の自家製のグラッパをすてきなグラスでご馳走になり、親切な女主人に感謝。

山間の村々を抜けて、古代ローマ遺跡の宝庫のアオスタの街へ。
アルプスのこんな山の中をローマ軍が通ったという話にびっくり。
州都でもあり、紀元前にローマ帝国によって建設された歴史ある町。あちこちにローマの遺跡があり、遺跡をそのまま、住宅やお店に組み込んでしまったところもあります。メインストリートには、お店がたくさんあり、あちこち覗いて買い物。私が必ず入るのは雑貨や、道具や、食料品やなど。ここでは、天日干し乾燥ポルチーニ茸、いろんな色の混じったパスタ、木工品、面白い釘を3本などを買ってきました。

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Kugi←買ってきた釘、頭をつぶしただけのものですが、形が気に入ったので。



そして着いたのが、クールマイユールのすてきなプチホテル

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イタリア旅行その1

5月26日 成田出発
久々の海外旅行。それも初めてのイタリア。前回のトルコは、東西の分岐点、シルクロードがまっすぐに伸びていることに感動した旅でしたが、
今回は、北イタリアを中心にトリノ、ミラノ、ヴェネチアの全工程11日間の旅。沈まないうちにヴェネチアを見ておきたいというのもあり、初夏のイタリアは、さまざまな花も咲いていて、楽しい旅でした。
アリタリア787便、座席の前に設置されたエンタテイメントシステムは故障で使えない!最初は、ゲームなどできたのですが、隣の席の方の画面には、なにも出ない。メンテナンスの悪さに、この飛行機大丈夫かしら?とちょっと不安もありましたが、無事、マルペンサ空港に到着、そこからバスでマジョーレ湖畔の町ストレーザへ。夕食は、ホテルのカフェでピザとビール。
ホテルの目の前が、マジョーレ湖。

5月27日
今日は、マジョーレ湖に浮かぶ島々の観光と、夜は、レオナルドダビンチ作の最後の晩餐を鑑賞のため、バスでミラノへ往復。
朝食後、ストレーザの町を散策、いつも旅での楽しみは朝の散策。特に海外旅行では、初めて訪れた街の地図を頭に入れるには、あまり人のいない間に散歩するのが一番いい方法だと思います。

マジョーレ湖畔の町ストレーザ: 朝 焼けのマジョー レ湖 と街の様子

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Italy4←面白いかたちのモンキーツリー

朝食後、イソラ・ベッラ島のボロメオ家の宮殿の観光、観光客がたくさんいましたが、贅を尽くした宮殿とよく手入れされた庭園を観てまわりました。真っ白な孔雀が羽を広げて歓迎してくれましたが、実はこれは私たちを威嚇していたようです。昼食は、ペスカトーレ島へ渡って魚料理。小さな島なので、細い小道が入り組んでいますが、窓の飾りのかわいいお店などあり、楽しい散歩でした。

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夕方、ミラノへ。世界遺産・『最後の晩餐』を観るのは、今回のたびの楽しみの一つ。夕方、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院へ。教会は第二次世界大戦中に連合軍の空襲を受け、大きな被害を受けましたが、『最後の晩餐』の前には土嚢が積み上げてあったため、かろうじて被害を免れ、本当にこの部分だけ残ったということでした。奇跡!と感激。がらんとした聖堂(ここは修道院の食堂だったそうです)のなかに、この絵だけがあります。色はきれいに修復されていましたが、入場制限もあり、厳重な管理のもとで、やっと出会えました。もちろん、写真は取れません。絵葉書を買おうとしたら、残念ながら売り切れ。日本のように何でもかんでも売らんかな・・・とたくさん用意していないんですね。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会:Italy10 Bansan_2

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イタリア旅行の行程

北イタリアの華麗な街と美しい自然を訪ねて・・という題名の旅の行程

今回の旅は、北イタリア : 赤丸のところを訪ねました。

Italy_map_3 ミラノ→ストレーザ→ブレイユ・チェルヴィニア→アオスタ→クールマイユール→モンブラン→シャモニー→トリノ→ミラノ→バローロ→ベネチア→ローマから帰国
11日という日程は、長いような短いような、最初の4,5日は、まだまだという気分なのに、半分の日程を過ぎるとあっという間に終わってしまいました。



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イタリア旅行

北イタリアのたび

仕事の合間をぬって(?)北イタリア(トリノ、ミラノ、ヴェネチア)に行ってきました。
昨日、帰国。450枚の写真を撮ってきたので、整理するのに、どれだけの時間がかかるか心配?
とりあえず、お土産を全部出してみました。食べること大好きな私のお土産は、食材が80%、他は、アクセサリー、文房具、夫のネクタイなどなど。トランクの重さを気にしすぎて、手荷物に入れておいたヘーゼルナッツのスプレッドは、瓶詰め220gのため、ローマの空港で没収されて、ゴミ箱行き。封を切ってもいないのに残念。スプレッドもやはり液体だそうで、100CC以下でないと機内へは持ち込めません。ちなみに、あんなに気にして調整したトランクの重さは、17.5Kg なんということ!ホテルのあやふやな体重計に惑わされて大損しました。ホテルで測ったときは21Kgもあったのです。
でも、もしかしたら、増えたと思ったわたしの体重は、そんなに増えていないかも?まあ、そんなことは問題外、やはり、イタリアで大いに食べた分は、きっと増えているはず!帰国後の課題はダイエットですね。

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左は、クールマイユールの素敵な雑貨屋さんで買ったカフェカーテン、
右は、いっぱいの食材:パスタ、ドライトマト、香辛料、ヘーゼルナッツなど。

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2008年のお正月

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今年は、御鏡を飾る代わりに、正月人形を飾りました。実家の母が嫁入りのときに持ってきたもので、母が子どものころ、お正月に飾ってあったということですから、90年くらい前のものです。三河万歳の装束の土人形です。顔がかわいいので、気にいっています。庭の蝋梅も満開。喪中ではありますが、今年もよいお正月が迎えられました。

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1月3日には、高校の部活の顧問の先生にお宅に伺い、楽しい時間を過ごしました。この会は、「となかい3の会」といい、1月3日に集まることと、先生のお鼻が少々赤いのでこのような名前になったのですが、20年?以上続いています。ここ数年は、先生の体調が優れなかったのでお休みしていたのですが、今年は、先生もお元気になり、会が復活してうれしい限りです。
こんなに長く、会が続いているのも、先生のお人柄と会のお世話をしてくださっていた後輩のおかげです。先生には、いつまでもお元気でいていただきたいと思っています。

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2007年最後の作品

30年前に弟にもらった益子の土瓶がかけてしまったので、自分で同じようなものを作りました。多少難ありですが、水切れも何とか、そこそこ土瓶の機能を満たしてくれています。
実を言うと、ポットフリークで、ちょっと変わったポットに出会うとすぐに欲しくなります。高いものは買えませんが、面白そうなポットや土瓶、急須があったら、手に入れたいですね。自分でも作りたいのですが、難しい!

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大人の時間は、長い

JRのポスターに「大人の時間は長い」というキャッチフレーズが書いてあり、ふと、考えました。一般的に成人となるのは、20歳、今年9月末、92歳で亡くなった義母は72年間、大人でいたわけです。20歳で嫁いで、73歳で夫を亡くし、その後1人暮らし20年、大往生といえばそれまでですが、大人でいる時間て長いんだ・・・と実感した次第です。特にこの時代の方々は、私の実家の母(90歳1人暮らし)も含めて関東大震災、戦争と生き抜いてきたわけですから、長く、苦しい大人の時間があったのかもしれません。長生きして、楽しい時間を謳歌するのは、当然だと思います。しかし、私のような、かろうじて戦後世代は、大人になったときには、すでに穏やかな時代で、楽しい老後をなんていうより早く遊びほうけているわけです。
JRのポスターは大人の休日クラブのものですが、まだまだ、先がありそうな62歳の私は、仕事は当分続けるとして、旅もしたい、おいしいものも食べたいと、この先、長い大人の時間をどう使って楽しく生きようかと(贅沢なことですが)思案中です。

義母が亡くなったので(大往生でした)、新年は、喪中ですが、喪中のお正月の過ごし方なるものを考えてみました。ネットで調べてみると、諸説いろいろ。実家の宗旨である浄土真宗は、即成仏なので、喪中という考えはなしでよいということですし、他の宗旨でも、49日を過ぎると忌があけるので、それ以後は、喪中と考えなくてもよいということでした。ただし、一応、おめでたいことは控えたほうがよいということで、新年のご挨拶は欠礼するなど(年賀状は出さないなど)、気持ち次第ということだそうです。お正月の御節は、それぞれの家庭のしきたりに応じてということです。天皇家と違って、下々はあまり、硬く考えなくてもよいということだと思います。我が家では、これを口実にといっては、罰が当たるかもしれませんが、御節はちょっと手抜きでいくことにしました。92歳で天治を全うした義母に感謝です。

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